私がイラストレーターになるまで

私は、40歳ちょっと手前で、まずイラストレーターになりました。絵本作家になるのはそれからさらに8年後です。

社会人で、これからアート系の仕事をしてみたいと思っている方は多いと思います。

 

少しは参考になるかもしれないので、それまでのことをちょっと書いてみます。

いつか、世界のどこへ行ってもやっていける仕事がしたいと、願っていた

 

わたしはアートとは全く関係のない大学を出て、専攻していた学科を生かした専門職として就職しました。

結婚後も仕事を続けていましたが、家族の転勤によって退職せざるを得なくなりました。

当時は、とても気に入っていた仕事だったので、自分自身の都合ではなく、夫の都合で仕事を辞めたことがなんとも悔しく、その気持ちはずっとくすぶっていました。

会社を辞める時、固く決意したことがあります。

子育てが一段落したら、今度は、家族や会社の都合に左右されない働き方をしよう。

 

世界のどこへ行ってもやっていける仕事、それがなんなのかわからないけれど、そういう仕事をしよう、必ずする、と決めました。

 

実はその時、すでに絵に関した仕事をしたいなぁと思っていましたが、できるかどうかわからないし、でもまあそれはゆっくり考えることにして、と。

 

でも、実際に、そこに向けて動き出した時には、7年も経っていました。子供が二人生まれ、子育てに追われる毎日の中で、すっかり夢を忘れていました。

 

専業主婦になってからは 時間が飛ぶように過ぎて行きました

世の中はバブル真っ盛りの頃、ファッション雑誌を見るのが大好きだったので、毎月、新刊の雑誌を買ってきて、子供が昼寝している間に、むさぼるように読むのがいちばんの楽しみでした。

 

夫は、バブルとは全く縁のない仕事だったので、景気が良くなってもお給料は変わらず、家族の生活が変わることはなかったのですが。

 

でも雑誌を見るだけでも、日本が景気がいいことははっきりわかりました。

 

それまで日本にあまり入ってくることのなかった上質な服やアクセサリー、インテリアなどが、雑誌から手招きしています。

 

ファッション雑誌を見ていて、ある日突然気づいた...

もう本当に素敵なのです。のどから手が出るほどほしい。

見て見て、これ素敵でしょう?買ってよ、ねえ。

ねえねえ。

 

 

雑誌の写真を見るたびに、そう言われているような気がしました。

デパートへ行けば、見事なペルシャ絨毯の展示即売会が開かれていたり。

欲しいものばかり、でも買えない。お金がないし、田舎暮らしでなかなか買いにもいけない。

 

 

でも、ほしい,....ほしい...

もうきりがないのです。

 

 

ある日、ハッとしました。欲しがってばかりいる私って一体何?

 

 

人が作ったものを消費するだけの人生って虚しくない?

ほしいなら自分で作れば?

実物がないなら絵に描けば?

時間がないなら頑張って時間を作って、少しずつでもやってみたらどう?

 

 

会社を辞めてから、すでに7年も経っていました。あのとき、強く決めたのに、なにひとつ進んでいないなんて!

 

ものすごい焦燥感に駆られました。

 

しばらくして、あるファッション雑誌のバッグのデザインに応募してみました。

 

入賞して、副賞にフランス製のジーンズをもらいました。

 

思い切って、イラストの通信講座に申し込んでみた

翌年、通信のイラスト講座を申し込みました。受講費の高さに驚きましたが、だからこそ続けられそうな気がしました。

頭金10万を貯金から払い、その後アルバイトをするから、夫のお金は使わないと約束して、家でできるアルバイトを始めることにしました。

 

 

絶対に元をとれるようにがんばってみよう。

そうしていよいよ通信で、イラストの勉強を始めたわけです。

 

 

テキストがあるのですが、全部で24章あって、それぞれに課題があります。

だいたい1ヶ月で、課題を一つ終わらせる、と言う風になっていたんですが。

 

もう何年も、きちんとした絵を描くことなく過ごしてきたので、たった一枚のスケッチを描くだけでも、ほんとにくたびれる。心底ぐったり疲れてしまうのです。

 

じっとすわって描き続けるのもものすごく苦痛でした。結構、描くことが好きだったはず。得意だったはず。

 

おかしいな。なぜなんだろう。好きだったはずなのに。

 

子育ての合間を縫ってなので、集中力が続かないから?ほんとは絵なんか好きじゃない?

 

描くのがつらい

ある日、通信の先生に相談しました。

つらくて描けない。描くのがすきだったはずなのに、時間も作れない、毎日描くなんて無理ですと。

 

先生からのアドバイスは、

”あ、それ心配しなくていいから。知らない間に毎日描くようになってるから。”

かるーく言われました。

 

 

毎日、白い紙に落書きでもなんでもいいから描くことを続けるようにと。

そのときの私に必要だったのは、子育てに忙殺される間にすっかり忘れていた、「描くこと」を習慣づけることでした。

 

 

先生の言葉は本当でした。いつのまにか描いている、と言う状態になってきて、課題は遅れがちでしたが、そして半年延長してもらって、3年半で終了しました。

 

初めてのイラスト仕事

最初のイラストの仕事は、ムック本に、イラストマップと花の絵を数点描くことでした。

東京に住んだことがないのに、東京の花の公園の地図を書きました。最初は図書館で地図帳や資料を借りてきましたが、データが古い!ということに気がつきます。

 

 

自分で新しく、本を買い込んで描きました。このときありがたかったのは、出版社の方から、必要な資料を買った代金は請求してください、と言われたことです。こんなこと言ってくれる出版社ってあんまりないでしょうね。

 

 

最初の仕事はとても恵まれていたのだと思います。

当時は本名で仕事しましたが、今でもまだ本屋さんで見かけることがあります。うれしい。

 

 

ただ、通信講座を終了しただけではあきたらず、全然実力が足りないと感じていて、もうちょっと深く勉強できるところに行きたくなりました。

通信では、他の人の原画を見ることができないのも、ネックだと感じていました。

東京のイラスト教室に通うことにする

 

そこから、福井真一さんのイラスト教室へと向かうわけです。ここで知り合った人たちとは、今も交流があります。仲良くなった人も何人かいて、どの人もすごく活躍しています。

 

その頃、美術学校を出ていない人が イラストの勉強をしようと思ったら、通える場所はとても限られていました。

 

セツモード、福井真一さん、のところくらいしかなかったです。なので、このイラスト教室に行ったら、先の通信講座で知り合った人たちとまた出会って、ということもありました。

 

ここに通ってよかったのは、まだ力が十分でないうちは、一枚にじっくり時間をかけて描いてみるということと、同じ目的を持つ友人知り合いができたことです。

 

そこから、少しずつ、情報も得られて、自分で売り込みに行くようになり、仕事も依頼も増えていきました。

 

参考記事

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